2003年4月13日 棕櫚の主日礼拝
「石の叫び」
ルカによる福音書19章28-44節

小林 宏(こばやし ひろし)
横浜共立学園理事長
       
1924年 東京に生まれる
1941年 銀座教会にて今井三郎牧師より受洗
1950年 日本基督教神学専門学校
(現東京神学大学)卒業
1953年 名古屋中央教会牧師
1958年 横須賀学院宗教主任
1961年 基督教学校教育同盟主事
1991年 関西学院高中部長
2001年 横浜共立学園理事長

 J

 受難週が始まるこの棕櫚の主日は、イエスが弟子たちと共にエルサレムに入城した日である。さて、この棕櫚の主日の記事は4福音書のどれにも記されている数少ない記事の一つであって、イエスの生涯にとって非常に重要な出来事であったことを示している。内容はそれぞれの福音書によって違うところがある  けれども、
  @イエスが子ろばに乗って入城したこと
  Aエルサレムの人々が歓呼の声をあげてイエスを迎えたこと
の2つは共通し、それぞれ、ゼカリヤ書9章9〜10節の預言と詩編118編25〜26節に依拠していることから見て、イエスのエルサレム入城は、まさに、旧約に預言されたメシヤの到来を表わしていた。

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 さて、今朝はルカによる福音書だけに記された記事を学ぼう。イエスの入城を歓呼の声をあげて迎える弟子たちを見たパリサイ派の人々が、イエスに「先生、彼らを叱ってください」と頼んだとき、イエスは次のように言われた。
 「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす」(19章38節)。
 これはどういう意味なのか。単純に考えれば、歓呼の声をあげている人々を黙らせることはできない、という意味だが、「石が叫びだす」という言葉にはもう少し深い意味が感じられる。そこで、その「石」に注目してみたい。

L

 パレスチナ地方は地質学上、中世代および第三紀の岩石が多く、そのため大小の石塊に崩壊しやすいので、いたる所に石ころがごろごろしている。ユダヤの伝説によれば、石を司る天使がパレスチナの上を飛んでいるとき、石を入れた袋が裂けて世界中の石の半分をパレスチナに落としてしまった。石はパレスチナ国土の特徴を表わし、文化的にも、宗教的にもたいへん重要な意味を持っていた。ヤコプは石を枕に野宿し、その石を立てて聖所とした。モーセは十戒を二枚の石の板に書きつけた。イエスは荒れ野で石をパンに変えてみよ、と悪魔に誘惑された。また「種をまく人のたとえ」では、種が石地に落ちたことが語られている。このように、石はパレスチナ地方の生活では欠くことができない。ちょうど日本の生活が木の文化であるのと同じである。ゆえに、「石が叫びだす」という言葉は、パレスチナの風土からいって、特別な意味を持っていた。ところで、ここで「石」は複数であり、しかも定冠詞がついているから、ただ漠然と石というのではなく、イエスは目の前にごろごろしている石を指して「これらの石が叫びだす」と言われたのである。

M

 さらに、イエスは次の41節以下の文節でも「石」について語っている。イエスはオリブ山の道を登りつめたところで視野が開け、エルサレムの市街を一望のもとにみわたす場所で、エルサレムがやがて滅亡することを予見して、この都のために涙を流された。そして次のように言われた。
 「もしこの日に、お前も平和への連をわきまえていたなら…。しかし今は、お前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである」(19章42〜44節)。
 「石を残らず崩してしまう」というのは、直訳すれば「一つの石も石の上に残らない」ということである。マルコによる福音書でも、イエスは、ヘロデの建てた神殿の建物や石組に感嘆する弟子に向かって「これらの大きな建物の一つの石も崩されずに他の石の上に残ることはない」(マルコ13章2節)と言われている。要するに、エルサレムが完全に破壊されてしまうことを預言していた。

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 このように「石が叫びだす」という言葉を「一つの石も石の上に残らない」というエルサレム滅亡の預言に重ねあわせると、「石が叫ぶ」というのは、歓呼の声を上げて迎える人々に対し、これから起こる出来事を洞察されたイエスの悲痛な気持ちの表れなのである。すなわち、ご自分がメシヤであることを明確にするだけでなく、そのメシヤを拒否するエルサレムが滅亡することを見極めておられた。したがって「石が叫びだす」と言われたのは、次のような意味が込められていた。「もしこの人々がメシヤ到来を叫ばないなら、このエルサレムが滅亡する時に、これらの石がメシヤを拒否したエルサレムの証しとなるだろう。すなわち、これらの石は粉々となり、エルサレムは滅亡し、廃墟となる」。

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 さて、イエスがエルサレムに涙を流されてから約40年後の紀元70年、第2次ユダヤ独立戦争で、エルサレムはティトス(後にローマ皇帝)によって完全に破壊された。フォロ・ロマーノ(ローマ広場)にあるティトスの凱旋門には、ティトスが持ち帰った戦利品を運ぶ兵士たちのレリーフがある。エルサレムでは一つの石も石の上に残らなかったが、ローマの都にエルサレム滅亡の遺跡が残っているのは歴史のアイロニーである。

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 このように「石の叫び」は、紀元70年のエルサレム滅亡を預言していた。しかし、この「石の叫び」は、あのエルサレム滅亡だけでなく、歴史を貫いていまも聞こえてくる叫びではないだろうか。第2次世界大戦の末期、昭和20年3月10日の東京大空襲をわたしは経験した。あのとき東京の下町一帯は一夜にして見渡すかぎりの焦土と化して焼野原となった。もちろん我が家は全焼、家族は着のみ着のままで生死の境をさまよって焼け跡に放り出された。あの焦土と化した焼野原の光景こそ「石の叫び」だった。わたしは、そのとき「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」(マルコ13章30節)という御言葉に導かれて、神学枚の門を叩いた。あの焼野原がわたしに献身を促し、今日にいたっている。

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 ゆえに、わたしの心には、3月10日の焼野原の光景が消えることがない。そして、今も、戦争をやめないこの世界にあの光景がわたしの心に問いかける。そして「石の叫び」が聞こえてくる。すなわち、2000年前にエルサレムに対して流されたイエスの涙が、いま、世界の主要都市、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、とりわけ、東京に注がれている幻を見る。「お前たちが平和の道をわきまえていたなら」というイエスの悲痛な御声が聞こえる。新幹線が縦横に走り、不夜城のような高層ビルが林立するこの東京に、いま、イエスの涙が注がれる。そして、現代の世界がイエスの平和のメッセージを拒否するならば、滅亡しかないという警告を聖書から聞くのである。
 では、われわれはどうすればよいのか。何をなすべきか。

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 さて、イエスの時代は、当時の世界、すなわち、地中海世界をローマ帝国が圧倒的な軍事力で支配していた。歴史家はそれをパックス・ロマーナ(ローマの平和)と呼んだ。そして、イエスの処刑はローマ帝国の支配下で執行された。それはまさに、パックス・ロマーナを誇示する出来事であった。しかし、驚くべきことに、聖書は処刑されたイエスが3日目に復活して弟子たちに現れた、と告げる。そして、イエス・キリストの十字架の福音は全世界に宣べ伝えられて今日にいたっている。それに反し、イエスを十字架につけて処刑したローマ帝国はとうの昔に消滅し、あとかたもなく、ただ遺跡が残っているだけである。
 いま、わたしたちがなすべきことは、イエスの復活の告知を信じる信仰に堅く立つことではないか。
 「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」。
 これこそ今日われわれが聖書から学ぶ永遠の真理である。

S

 そのためには、福音の真理を宣べ伝える教会をしっかり形成しなければならない。もし、教会がこの世界にしっかり形成されなければ、神との約束を信じて世界の平和をだれが祈り続けるのか。ここにわたしたちの使命と義務がある。教会こそ人類の確かな平和の砦なのである。

SJ

 わたしたちはその砦を守るために召された。わたしたちは、自分たちが、無力であること、少数であることに気後れしてはならない。それを嘆いてはならない。神はそのようなわたしたちをお選びになって、「イエスの復活」の宣教を委ねられた。それは、わたしたちが無力で、少数であるにもかかわらずお選びになったのではない。そうではなくて、わたしたちが、無力であるからこそ、少数であるからこそ、神はわたしたちを召されたのである。パウロはコリントの教会の人々に「神は…(あなたがたのような)世の無力なものを選ばれました」(コリント一1章27節)といっている。ゆえに、わたしたちも、気後れせず、大胆に、全力を傾けて「全世界に行って、すべての人に福音を宣べ伝え」よう(マルコ16章15節)。疑ってはならないことは、神が全世界を支配していたもうことである。わたしたちは、キリストによって、永遠の命にいたる契約を神と結んでいる神の民である。この世界の真の平和は、イエス・キリストの父なる神の支配によることを聖書から学び、神による平和の実現を日々祈り続ける教会を形成して行かなければならない。

SK

 どうか、わが銀座教会が、主キリストによる平和を待ち望む神の民として、主にある信仰共同体として、この棕櫚の主日に、全世界の教会と共に、あの「石の叫び」に耳を傾け、エルサレムの滅亡に注がれたイエスの涙を覚えつつ、主の十字架を仰ぎ、受難週を守ろうではないか。




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