| 2009年4月19日 復活節第2主日礼拝 「キリストの体は盗まれたのか」 |
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主イエスが復活なさった日曜日の朝、墓からエルサレムの町に向けて走った人がいました。マグダラのマリアを始めとする婦人たちです。空っぽになった墓に天使が現れ、さらに主イエスご自身が現れて、婦人たちは主イエスが復活なさったことを知ったのです。主イエスの復活という喜ばしい出来事を弟子たちに伝えるために、婦人たちは、エルサレムの町を目指して走ったのです。時を同じくして、主イエスの遺体が納められた墓を見張っていた番兵たちもまた、エルサレムの町に向けて走っていました。 27章62-66節には、主イエスが十字架の上で死なれ、墓に葬られた翌日のことが記されています。主イエスを十字架にかけた祭司長たちやファリサイ派の人々は、「邪魔者は消し去った」と万々歳で、祝杯をあげている頃かと思えば、そうではありませんでした。生前、主イエスが予告していた復活のことが、彼らを不安にさせていたのです。彼らは、墓に数人の番兵を付け、墓の石には封印を施しました。 番兵たちは、その職務を全うすることができませんでした。封印は、主の天使によって簡単に破られました。さらに、死んだはずの主イエスが現れ、婦人たちに、「おはよう」と挨拶する場面を目の当たりにしたのです。死体が盗まれないように見張っていた番兵たちは、計らずも、主イエスの復活を目撃することになったのです。この番兵たちが、エルサレムの町を目指して走り出したのです。 エルサレムに到着した番兵たちは、目撃したことのすべてを祭司長たちに報告しました。「死体が盗まれてしまった」という報告ではなく、「主イエスの復活」を報告したのです。 主イエスが復活したということが人々に知れたら、「やはり彼は神の子だったんだ」と、皆が、そちらになびいていくことでしょう。そうなれば、祭司長たちの宗教的指導者としての地位は、音を立てて崩れていくでしょう。復活されては困るのです。そこで、祭司長たちは、長老たちと集まって相談をし、多額の口止め料を番兵たちに支払い、口裏を合わせることにしました。その内容は、番兵たちが眠っている間に、主イエスの弟子たちが来て、死体を盗んで行ったということでした。 死体が盗まれないように、封印をし、数人の番兵をつけたのは、彼らでした。その彼らが、今度は、「イエスの死体は、弟子たちが盗んだことにしよう」と言い出したのです。この噂は、マタイがこの福音書を書いた頃には、ユダヤ人の間に広まっていました。祭司長たちの隠蔽工作はある程度、成果を上げていたのです。 もし本当に、弟子たちが主イエスの死体を盗んだのであれば、弟子たちは、それが嘘だと知りながら、主イエスの復活を宣べ伝えたことになります。復活の主は、「四十日にわたって」(使徒言行録1章3節)弟子たちにお姿を示され、それを目撃したのは、「五百人以上もの兄弟たち」(第一コリント15章6節)でした。それだけの人々が、嘘を嘘だと知りながら、受け入れるでしょうか。お金や名誉や権力がもらえるなら、可能性はあるかもしれません。しかし、復活の証言者となるということは、人間的な利益には繋がらないのです。 また、弟子たちに、そんな勇気があったとは考えにくいことです。主イエスの裁判が行われていた時、既に弟子たちは皆、逃げ出してしまっていました。ペトロだけはかろうじて逃げ出さず、その裁判の様子を遠くから見ていましたが、自分の身の安全を守るために、三度も主イエスのことを「知らない」と言ってしまうほどでした。そんな弟子たちに、数人の番兵が見張る墓に行って、主イエスの死体を盗む勇気があったでしょうか。それは、考えにくいことです。 百歩譲って、弟子たちが死体を盗んで、復活があったことにしたとして考えてみましょう。使徒たちのほとんどがその後、迫害によって、殺されることになります。嘘をついていたのであれば、激しい迫害の中で、必ず誰かはばらしてしまうでしょう。「主イエスの復活はなかった。死体を盗んだんだ」と言って命乞いをしてしまうでしょう。しかし誰一人として、「主イエスの復活はなかった」とは言わなかったのです。死体泥棒の犯人は名乗り出なかったのです。それは、主イエスの復活が真実だったからです。人間は弱い生き物です。作り話のために命を捨てることはできません。主イエスの復活という真実のために、迫害に直面しようとも、「主イエス・キリストは復活した」と彼らは語り続けたのです。復活の主と共に過ごした四十日間を無かったことにはできないのです。 ?More Than a Carpenter?という本の著者ジョシュ・マクドウェルは、主イエスの復活などなかったということを科学的・論理的に証明しようと研究を始めた結果、当初の目的とは反対に、主イエスはどう考えても復活したとしか考えられない証拠をたくさん発見したそうです。そして彼は、キリスト教の洗礼を受けました。キリスト教の神学者や牧師が、復活があったことを前提に研究を始めたのなら、どういう結論に至るかは見えています。しかし彼は、科学的・論理的に復活を否定しようとした結果、復活があったとしなければ、辻褄が合わないことを、数多く発見したのです。嘘はいずれ嘘だと分かります。私たちの生きる現代、主イエスの死体は、弟子たちが盗み出したのだと信じている人がどこにいるでしょうか。主イエス・キリストの復活はなかったという決定的証拠はどこにあるでしょうか。復活がなかったと誰が、完璧に証明したでしょうか。突き詰めて考えていきますと、主イエスの復活が事実であることの証拠ばかり見つかるのです。 主イエスを十字架にかけた人々は、自分たちの思い通りに物事が運ぶように、封印、番兵、多額の金などを用いましたが、うまくいきませんでした。主イエスの復活という主なる神の業を、人間が封じることなどできないのです。 その出来事をきっかけとして、だらしなく臆病な弟子たちが、驚くほど勇敢になりました。主イエスを十字架にかけたユダヤ人たちを前にしても、堂々と語ることができるようになったのです。それは、「死体を盗んだ」という作り話によってではありません。彼らが勇敢な伝道者に変えられた秘密は、主イエス・キリストの復活にあったのです。 私たちは、主イエス・キリストの復活をお祝いする日曜日の礼拝から、一週間の歩みを始めます。弟子たちが主イエス・キリストから勇気をもらったように、私たちもまた、この礼拝で、復活の主イエス・キリストから勇気をいただいて、一週間の旅路へと雄々しく歩み出すのです。 |
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