| 2007年1月7日 新年礼拝・公現後第1主日礼拝 「祝福の祈り」 ローマの信徒への手紙12章9〜21節 |
||||||||||
教会標語 銀座教会標語を定めるにあたって、ここ数年わたしが念頭においていることは、「御言葉そのものの持っている力」を示すということです。出エジプト記3章12節から「わたしは必ずあなたと共にいる」を標語として定めた年、小礼拝堂入り口に飾られた森岡姉の書に繰り返しじっと目を注ぎ、御言葉に力づけられて礼拝に向かう姿を良く見かけました。御言葉そのものが伝道することを知ったのです。それ以来、神の恵み、慰め、励ましを示す標語を選んでまいりました。 祈り―神の恵みへの応答 今年の標語の特徴はキリスト者であるわたしたちの努力ということも考慮に入れている点です。努力といっても他の宗教が取り組む修行のようなものではありません。神の恵みが生み出す自然な応答です。「アッバ父よ」との祈りの最初の言葉がその祈りの本質を示しています。「アッバ」は乳児が親に向かって呼びかける、まだ言葉になっていない言葉です。親は喜んで顔を向けます。自然な交流が生まれます。そのような祈りの生活を習慣としたいのです。 キリスト教は、神の愛を伝えます。わたしたちを赦し、救い、愛してくださる神へ、賛美と感謝と祈りによって応答します。神とわたしたちとの関係は人格的に深く結ばれていくのです。わたし自身の課題ですが、特に日々の祈りの生活化を願っています。 生活綱領第2項 「日本基督教団信仰告白」が承認された1954年に「生活綱領」も同時に制定されました。祈りはその第2項に位置づけられています。「2、日々聖書に親しみ、常に祈り、敬虔・純潔・節制・勤労の生涯を全うすること」とあります。第2項という位置が大切です。それは、キリスト者の信仰生活が、神の恵みへの応答であり、第1項を基礎に成り立っていることを示しているからです。 第1項は教会、礼拝・祈祷会その他の集会、聖餐、伝道、教会奉仕と献金について記されています。教会生活があり、そしてわたしたち一人ひとりの信仰生活があるということだと思います。 恵みの賜物 ローマの信徒への手紙12章3節から8節には、神の恵みについて記されています。恵みは、教会であるキリストの体の部分を構成するかけがえのない賜物を伴っており、体に不必要な部分は何一つないように、それぞれに与えられている賜物は、自身にとっても他者にとっても教会の形成に関わる大切な使命なのです。そこから、「へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え」(フィリピの信徒への手紙2章3節)る教会員相互の麗しい交わりが生じてきます。12章3節に、そして1節に重要な言葉があります。「心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」神の御心が示される場は1節にある礼拝です。そこに、「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。」とあります。キリストが来られるまで、礼拝でささげられるいけにえは、動物の命でした。その死と引き換えに罪の赦しを神に願ったのです。キリスト教の礼拝は根本的に異なります。神の子ご自身が十字架に犠牲となって以降、罪の赦しのための犠牲は不要になったのです。ですから「生けるいけにえ」は、神によって新しい命を与えられたわたしたち自身の体です。「生けるいけにえ」とは、神の恵みへの応答としてのわたしたちキリスト者の生活です。それは死ではなく、恵みの賜物を最大限に生かす意味ある日々の命の連鎖です。そこに祈りの生活も位置づけられているのです。 ホイヴェルス神父の随想集『人生の秋に』の中に「この世の最上のわざは何?」という詩があります。「神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ。」というのです。老いの重荷は、恵みの賜物としての教会生活をもままならなくさせてしまいます。しかし、それまで培われた信仰生活は豊かな恵みをしっかりと心に刻んで、祈りへとわたしたちを導いてくれるのです。 希望を持って喜び、 苦難を耐え忍び、 たゆまず祈りなさい。 イエス・キリストの福音、救いをもたらす神の力への応答、キリスト者の日々は、この構造、この土台の上に建てられているのです。ですから、キリスト者の希望には根拠があります。喜びには理由があります。苦難を耐え忍ぶことができるのは祈るからです。たゆまず祈ることができるのは喜んで聞いてくださる恵みの主がおられるからです。 14節に「 あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。」、21節に「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。」とあります。すべての人との関係です。パウロがこのように勧めることができたのも、すべての人を救う神の恵みの絶大な力を信じていたからです。「恵みのみ手にゆだねる」それは自身をも、他者をもなのです。 祈りへの手引き 祈りの生活への導き手として、よい書物がたくさん出版されています。キリスト教基礎講座の「主の祈り」もそのひとつです。銀座教会に受洗・入会時に必ず差し上げているジョン・ベイリーの『朝の祈り、夜の祈り』には1ヵ月分の祈りが記されています。その第一日朝の冒頭の言葉は「わがたましいの永遠の父よ、この日、わたしの心にうかぶはじめの思いが、あなたを思うものでありますように、また、まずあなたを礼拝することを思いつき、はじめて口に出す言葉があなたのみ名であり、最初の行いが、ひざまずいてあなたに祈ることでありますように。」です。主の恵みへの応答としての感謝の一年を共に歩みましょう。
|
||||||||||