| 2001年7月1日 聖霊降臨後第4主日 「大切なこと」 フィリピの信徒への手紙 3章2〜11節 |
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パウロの人柄 パウロの人柄はどのようであったのでしょうか。当時、犬はほとんど野犬で、夜になると、 群を成して山や市街地をうろつき、捨てられたものや死体を食いあさっていたといいます。 「あの犬どもに注意しなさい」(2節)は、彼の人柄を物語っているのでしょうか。初期 キリスト教美術では、パウロは額がすこしはげ上がり、あごひげがとがった、すらっとし た体型の人物として描かれています。墓室に描かれた壁画、石棺に彫られた彫刻にはその ような彼の姿がよく見られます。理知的で温厚な彼の人柄が見て取れます。キリストを中 心に他の使徒たちと共に、あるいはペトロと共に仲良く登場する絵や彫刻を見ると、当時 の人々の教会一致への祈りが感じられます。パウロはそのような人物だったのではないで しょうか。パウロが激したのは、救いにとって最も大切なことがないがしろにされていた からだと思います。 神の霊による礼拝 神を礼拝するのにふさわしい人とはどのような人でしょうか。「わたしたちは神の霊によっ て礼拝し、キリスト・イエスを誇りとし、肉に頼らない」とパウロは語ります。神の霊も、 キリスト・イエスも、わたしたちの救いのために父なる神が与えてくださった大切な恵み、 賜物です。キリスト・イエスについてはこうあります。「神は、その独り子をお与えになっ たほどに、世を愛された。独り子 を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためで ある」(ヨハネによる福音書3章16節)。神の霊については「わたしは父にお願いしよう。 父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、 真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができ ない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これか らも、 あなたがたの内にいるからである」(ヨハネによる福音書14章16〜17節)と告げら れています。ゲッセマネの園で主は「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてくだ さい。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」(ルカによる福音書 22章42節)と祈られました。また、弟子たちの要請に応えてこう祈れとわたしたちに教えて くださいました。「御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の 上にも。」(マタイによる福音書6章10節)繰り返し祈る日々の中で、多くの方々は、いつ しか自分が変えられ、自己中心的な祈りよりも、主が祈られ、主が教えてくださった祈りの ように祈っている自分に気づいておられるでしょう。神の前に立つにふさわしい者として、 神の霊による礼拝をささげる者と、主はわたしたちを造り変えてくださっているのです。 この恵みは、パウロを怒らせた人々が主張するように、自己の力による律法の行い、即ち 「切り傷に過ぎない割礼」によるのではなく、神の尊い恵みによるのです。 キリストの内にいる者 自分は肉に頼らない。なぜなら、「キリストを得、キリストの内にいる者と認められるため です」(8、9節)とパウロは語ります。「キリストの内にいる者」という表現は、礼拝に参 加している私たちを示している言葉だと思います。神の宮で、神の霊を与えられ、キリスト の心を心として礼拝をささげるわたしたちは、キリストの体である教会の内にいる者とされ ているのす。「キリストと共に」という表現があります、「内住のキリスト」という言い方 もあります。「キリストの内に」はそれらに勝るとも劣らない主イエス・キリストとの強い つながりを言い表している大切な言葉です。 キリストを知る キリストについて知るのであれば、書物を調べればよいのです。「キリストご自身を知る」 には、礼拝に出席し、主の愛の内に、主への愛と誠実をもって留まる者となる必要がありま す。パウロは、「キリスト・イエスを知るあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失と 見ています」(8節)と語ります。主イエスを最も大切な方として心から愛しているからに ほかなりません。 死の姿にあやかる 「あやかる」という日本語には、「感化されて似る、特に、幸せな人に似て自分も幸福を得 る」という意味があります。そのために「キリストとその復活の力とを知り、その苦しみに あずか」ることを目指すのです(10節)。「あずかる」のギリシャ語は「コイノニア」です。 @参加、参与、関与 A交わり、親密な関係 B援助、寄付、との意味で用いられます。 ここでは@の用法です。十字架を担うキリスト への参与、キリストとのコイノニアです。 パウロによるフィリピ伝道は彼の二回目の伝道旅行のときです。三回目は二回目のコースを 駆け足で回ります。エルサレム教会への献金を集めることが目的で、その達成が彼の死につ ながるのを承知しながらパウロは急ぐのです。異邦人教会のために全力を傾けたパウロの、 ユダヤ人教会とのコイノニアです。 パウロの熱心 実は、ユダヤ人キリスト者の中には、キリストを信じるだけでは十分でなく、律法を守らな ければならないと主張し、割礼を強いる勢力がありました。一時、彼らの影響を受けたペト ロを叱責し、バルナバとたもとを分かたなければならない事態も生じました。「あの犬ども」 という言葉はそのユダヤ人キリスト者に向けられた言葉なのです。彼らに従うことはパウロ にとって最も大切なキリストを無にすること、つまり全てを失うことであったのです。キリ ストのために全てを失っても悔いない、彼の信仰にわたしたちも学び、それほどまでに、キ リスト・イエスと強く結ばれることを喜びたいと思うのです。 |
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