それは「無言の説教」から始まった













 

禁教の日本に
北米から相次いで渡来した宣教師たち−

 英国から北米新大陸に拡がったメソジスト運動は、やがてアメリカ合衆国の独立とともに、組織として独立したメソジスト教会となった。

 日本がようやく鎖国の眠りから覚めようとしていた19世紀の前半、北米には三つのメソジスト教会が存在していた。その三つとは、まず米国メソジスト監督教会(通称、北部メソジスト)、そして南北戦争を機にそこから分離した米国南部メソジスト監督教会、さらにカナダメソジスト教会であった。

 19世紀は伝道の世紀と呼ばれ、プロテスタント各教派はこぞって世界伝道を志し、特に北米の諸教派、教会は挙げて活発にこれに取り組んだが、中でもウェスレーの「世界はわが教区なり」のスローガンに支えられたメソジスト三教会は、それぞれ極めて熱心かつ積極的に海外へ宣教師を派遣した。

 その頃のわが国は、黒船来航によりようやく開国はしたものの、未だ「切支丹禁制」のとけぬ情勢にもかかわらず、三つのメソジスト教会はそれぞれ日本宣教部を設立し、熱い祈りをもって宣教師たちを送り出した。彼らは日本に着いてもすぐには福音の説教はできそうもないことを承知していた。

それでも敢えて彼らは喜んで万里の波濤に乗り出し、未知の国日本へ向かったのである。

 「地の果てまで福音を宣べ伝えん」とする宣教師たちの熱情と召命感、そしてそれを支えた教会の人々の熱い祈り、言葉にはならなくとも、そのこと自体がわが国をはじめ未だ福音を知らざる地域の人々にとってはまさに身を以って示す説教であったといえるだろう。

 日本の伝道は、まずこの様な「無言の説教」から始められたのである。


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