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教会がひとつとなるために |
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世界中のメソジストは祈り、働きつづける− ジョン・ウェスレーとその仲間たちが18世紀の英国に興したメソジスト運動は、北米大陸を経由してアジアへアフリカへ、そして全世界に拡がって行った。それはまさに「世界はわが教区なり」とのウェスレー自身の祈りと決意の具体化であった。 各地に興された教会は、その地域の独立したメソジスト教会を名乗ったものが多かったが、日本やカナダに於いてその例を見るように、メソジストの伝統を受け継ぎつつも、教派や教会の違いを超えてその地域の一つのプロテスタント教会の中に合流したものも少なくない。そのことはまた「世界中がひとつの教会の教区になる」というもうひとつの意味をも示すものであった。 メソジストたちは決して特定の教理や神学を主張し伝達する者たちではなかった。彼らは主イエス・キリストの言葉、その十字架と復活の福音の中に一人一人が具体的に日々の生活を生き抜くことを求め、マタイによる福音書5章48節に示されている通り、「天の父が完全であられるように、あなたがたも(キリスト者として)完全なものとなりなさい」との御言葉に従い、それを目指して生きようと志す者たちの群れであった。 そのことは、18世紀の英国から21世紀の今日の日本に至るまで、教育に福祉にあるいは様々な社会的運動に日々具体的にかかわり、現実の社会の中にその生き様を示すことによって、メソジストたちが福音を証しして来たということに他ならない。 かって銀座教会でも教えられた米国合同メソジスト教会の宣教師S.M.ヒルバン先生は、ある日のバイブルクラスの講義の中で、「キリスト教は一つのムーブメントであって単なる教えではない。それは教えを超える何ものかである」(“Christianity is a movement not a teaching .It is something more than teaching.")という言葉を残された。ウェスレーに始まるメソジストの伝統とは、まさに一人一人の信仰者がそれぞれの場で生き抜くことによって生ずる「ムーブメント(信仰復興運動)」なのではないだろうか。 今日も、世界中に散らばるメソジストの伝統に生きる信仰者たちは、主イエスが約束された「キリスト者の完全」を目指して、そして「地の果てまで福音が伝えられ」「世界の教会が一つになるために」祈りつづけ、働きつづけ、生きつづけている。 |
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