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心があやしくも熱く燃えるのを覚えた |
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アルダースゲート街の集会での回心− 失意の中に英国に戻ったジョン・ウェスレーは、たまたまロンドンに立ち寄ったモラヴィア派の指導者ペーター・ベーラーに出会い、何度も語り合った。それはかって大西洋の嵐の船上で出会ったモラヴィア派の貧しい農民たちの確固たる信仰について、彼自身深い畏敬を覚えていたからであった。しかしなかなか充分な納得が得られず、日記に「私は他人に説教することを遠慮すべきではないか?」と書き記すほど、悶々の日々が続いた。 このような心境のもと、1738年5月24日、あまり心も進まぬままにロンドンのアルダースゲート街で開かれたモラヴィア派の集会に出席し、司会者が朗読するルターの「ロマ書講解」序文を聞いているうちに、不思議な回心の体験をしたのである。彼はその日の日記に次のように記している。 「9時15分前ごろ、キリストを信ずる信仰によって神が人心に働いて起こしたまう変化について、彼(司会者)が述べていた時、私は自分の心があやしくも熱くなるのを覚えた。そしてキリストを、ただひとりの救い主であるキリストを信じた。また彼(キリスト)は私の罪をさえも取り去り給うて、私を罪と死の律法から救って下さったとの確証が、私に与えられた。」 この体験がジョン・ウェスレーを魂の底からゆり動かし、それまでの失意を吹き飛ばした。4日後の聖日、「信仰こそ勝利の力」と題する説教をした彼は、その後約3カ月の間、ドイツのモラヴィア派の本拠地ヘルンフートを訪問、帰国するや直ちに教会や刑務所やあるいは家庭集会で力強い説教によって救いの福音を述べ始めた。 ウェスレーの説く福音を人々は驚きと喜びをもって受け入れた。それは決してモラヴィア派の説く信仰の単なる受け売りではなかった。自らの力によらず、ただキリストの贖いの恵みを信ずることによって生かされた人間は、またその故にこそ、罪と絶縁し、罪と汚れからの潔め、すなわち聖化をめざすべきだ、と彼は説いた。ここに几帳面な信仰生活が新たな息吹を伴ってよみがえったのである。まさに神のはかるべからざる摂理という他はない。 |
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1738年5月24日、ロンドン、アルダスゲイト街でジョン・ウェスレーが福音的回心を体験した瞬間の心情を記した『Journal』の一部
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炭鉱町での野外説教
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ブリストルにおける福音伝道の拠点となった「NEW ROOM」
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