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銀座の鐘

「揺るがない希望」

説教集

更新日:2020年11月22日

2020 年10月11日(日)聖霊降臨後第19主日 主日家庭礼拝 ブリュッセル日本語プロテスタント教会  川上真咲 牧師

ローマの信徒への手紙5章1~11節

 日本に戻って来て、あまり良い習慣とは言えませんがテレビを見る時間が増えてしまいました。一番気になるのはやはりニュース番組です。海外にいても日本の情報をインターネットで得ることは可能ですが、リアルタイムに日本語で聞くことが出来るのはやはり魅力です。
 一番多い話題は何といっても新型コロナウイルスのことです。一日の感染者数、どこでクラスターが発生したのか、ワクチンは出来るのか、経済はどうなるのか、分からないことだらけです。しかもそれが世界レベルで起こっています。先行きの見えない不安が今までになく大きく世界を覆っています。私たちはキリスト者として、この大きな不安の中をどう生きていくべきなのでしょうか。
 今日与えられている御言葉の最初に「わたしたちは…神との間に平和を得て」いると書かれています。神さまとの間が平和であるということは、私たちは神さまに何もかもをすっかりお任せできる状態である、ということです。平和でない相手には何かを委ねることは出来 ません。私たちの人生が、神さまという全知全能のお方の御手の中で完全に守られているということ、これ以上安心できる確かなことは他にありません。
 この平和は、私たちが自分の力では決して得ることが出来ないものです。「主イエス・キ リストによって」とはっきり記されております。主イエスさまが私たちの罪を背負って十字 架にかかられ、死なれ、三日目によみがえられた、このことによってだけなのです。一方的 に神さまからいただく平和を持つ者が 3~5 節の言葉を言うことができるのです。「わたした ちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希 望はわたしたちを欺くことがありません。」
 3月17日にベルギーはロックダウン(都市封鎖)に入り、原則として買い物と病院、健康 のために散歩に出ること以外の外出が出来なくなりました。スーパーマーケットに入る人数 と時間は制限され、バスも一台に数人しか乗れませんでした。個人事業者への経済支援は多くはなかったようで、ロックダウン明けには残念ながらいくつかのお店が閉まっておりました。明けたとは言え、未だに制限は厳しく、窮屈な思いをしている人が少なくありません。 抗議のデモも起こり、我慢しきれなくなった人たちが禁止の大人数パーティーを開いて検挙され、罰金 250 ユーロ(約 3 万円)を課されたというニュースも聞かれました。しかし同時 に、どこか明るい空気も漂っています。医療従事者や、公共交通機関の運転手など、大変な 中で休まず働く人々を応援する、前向きな行動が起こりました。ウイルス流行初期、アジア 人が一括りに中国人と見なされ、風当たりが強くなったことも残念ながら事実です。しかし それを諫める言動も一緒に起こります。トラブルはゼロではありません。しかしそれ以上に、 それを乗り越えよう、みんなで頑張ろうという空気が濃く「何とかなるさ」というたくまし さを感じさせられます。どこからこの明るさは出てくるのでしょうか。
 ベルギーでは、現時点でコロナウイルスの感染者は10万人を超え、死者は1万人弱と計上 されております。総人口 1,100 万人です。日本でも「ベルギーではコロナウイルスによる死者が世界最悪」と報道されたらしいことも聞いております。確かに他のヨーロッパ諸国と比較すると、この死者の人数は多いです。ただ、この死者数の内、およそ半分はコロナウイルス感染しているという、正式な診断は下されていません。ベルギーでは、コロナ流行が始まってすぐに、政府が一つの発表をいたしました。「医療崩壊を防ぐために、老人ホームに入居している方に発熱等の症状が出た場合は、病院ではなくそのままホームで診るようにして 欲しい」苦渋の決断だったと思います。全ての人が病院に駆け込むことが出来るのが理想です。しかしそれが出来ない現実の前では何らかの決断を下さなくてはなりませんでした。ホーム入居者で具合の悪くなった方々は、PCR 検査を受けることが出来ないままにお亡くなりになりました。政府は潔く、この方々は診断は下せなかったが、コロナウイルスによる死者 であるとして発表しております。この政府の判断には賛否両論ありますが、全てを明らかに しているという点では評価できるのではないでしょうか。
 もう一つの例として、スウェーデンを挙げさせていただきます。この国は唯一「集団免疫」 という方法を最後までやり遂げた国であると言われています。ロックダウンなど行動を制限 せず、あえて感染して免疫を付けた人を増やしてウイルスを抑え込む方法です。効果が見えてきたと言われていますが、当然ながら感染する人は多く、亡くなる人も多くいました。やはり賛否両論あるやり方だったと言えます。しかし、完璧な方法などというものは今のところ、どこにもないのが事実であり、試行錯誤しながら皆必死に対応に追われているのが現実 です。
 この2つの例は、西洋の死生観を反映しているというコメントを聞いたことがあります。 しかしそのコメントに引っかかるものがありました。曰く「西洋人は、どうせ人はいつか死ぬと思っているのですよ。だから高齢者や重症者が死ぬことに対して抵抗が少ない」という ようなことでした。確かに人はコロナウイルスに罹らずともいつか死を迎えます。いずれ迎えるその死を、人々はどのように受け入れるのでしょうか。
 3年半、ヨーロッパに暮らしていて、私は日本人と西洋人の宗教観の違いがあまりに大きいのに驚きました。ベルギーはカトリック国であり、町のあちらこちらにカトリック教会があります。これら教会の装飾はいずれも見事なものばかりです。立派な外観、ステンドグラ スや絵画で描かれている聖書物語や聖人の姿、十字架に掛かったイエスさまの像や母マリア の像…それら全てが示したいのは「神さまはいかに偉大で素晴らしい方であるか」です。ミサにおける壮大なオルガンの響き、時にお香が焚かれ、そして聖体拝領でイエスさまの体を あらわすパンをいただきます。教会の中にいるだけで、五感で神さまの偉大さを、いやとい うほど味わうことができるのです。
 揺るぎのない神さまの偉大さを惜しみなく発信するキリスト教を土台とした文化に育った 西洋人は、神さまと自分との関係が実にはっきりしております。ベルギーは国民の 75%がカ トリック信者であると公表されております。しかし実際のところは、毎週教会に行き、お祈りし、聖書を読むいわゆる「アクティブなクリスチャン」と言われる人は 1%程度だそうです。日本とあまり変わりません。しかしそうだとしても、ベルギーの人々からは「神さまは 絶対なお方」という感覚がしっかりと育っているように感じられます。もちろん聖霊の助け もあるでしょうが、知らず知らずのうちに身に沁みついていて、もはや理屈ではなく神さま が主、自分たちは従、と捉えることが出来ているように思います。そして、死は終わりでは なく、神の国、天国の希望があります。理屈抜きにこれらの事柄を、いわば「DNA レベル」に持っていることに、日本人としては少々羨ましくあります。願わくは、その神さまとの関 係がきちんとイエスさまの十字架という仲立ち故に許されているのだということもきちんと 知ってもらいたいと思います。私たちの生きる道は楽ではありません。問題は次々と押し寄 せ、常に死と隣り合わせです。たとえコロナウイルスでなくても、確かに人はいつか死ぬの です。そのような中で、私たちは神さまとの平和を得ております。全てが神さまの御手の内にあります。私たちの人生、命は神さまがしっかりと守ってくださっているのです。そして、 地上の命が終わっても、その先に神さまと生きる本当の命があります。これらを信じること が出来る者は、強く、また幸いです。この強さは、厳しい今日の世界情勢において、揺るぐ ことのない希望として証しされるのです。この希望をまだ知らずにいる方々に届け続けられ るよう、私たちは希望の源である主を礼拝し続けましょう。私たちのささげる礼拝を通して、 イエス・キリストの栄光と主なる神さまの愛があらわされますよう、祈ります。

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