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銀座の鐘

「その日その時を知らない」

説教集

更新日:2020年11月23日

2020年11月1日(日)聖霊降臨後第22主日 聖徒の日・召天者記念家庭礼拝 牧師 髙橋 潤

マタイによる福音書25章1~13節

 本日は、聖徒の日・召天者のご家族の方々とともに記念礼拝をささげます。特別な礼拝で すが、聖書箇所はカリキュラムを変える必要がないことに気付きました。本日のマタイによ る福音書25章は、聖徒の日のために最も相応しいと思われる聖書箇所のひとつです。そし て、使徒信条の「かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまわん。」をマタイ による福音書を手がかりに読み進め、聖徒の日を覚えたいと願います。この御言葉は主イエスがお語りになった天国のたとえです。新共同訳では賢いおとめと愚かなおとめと訳されています。口語訳では、「思慮深いおとめ」と「思慮の浅いおとめ」と訳されています。
 天国のたとえでは、花婿を迎え、婚宴の部屋へ入ることが出来たのは思慮深いおとめだけでした。そして「目を覚ましていなさい」と勧められています。使徒信条の言葉では、最後の審判について告白します。愛する家族を天に送った私たちにとって、神による最後の審判 は、大変気になる事柄ではないかと思います。
 問題は、キリストの再臨(来臨)の時に行われる最後の審判に何をどのように備えたら良いのでしょうか。最後の審判に私たちは耐えられるのでしょうか。愚かで思慮の浅い者は、どのように目を覚ましていたらよいのだろうかと思うのです。
 すでに、キリストを救い主と信じる信仰を告白し、洗礼を受けた者は思慮深く賢いおとめで、洗礼を受けていないものは思慮浅く愚かなものなのでしょうか。
 最後の審判の最後とは、単なる最後ではなく、究極の最後、最終という意味の最後です。 最後の審判について、宗教改革以前は、「神の怒りの日」ととらえられて、信徒に対して道徳的な生活を促すために用いられていました。また、個人の死に対して天国と地獄へと振り分ける個人的な審判を熱心に教えました。しかし、審判者キリストによる公の審判については詳しく語られませんでした。宗教改革以後、信仰によって義とされることが大胆に語られるようになりました。信仰義認が語られれば語られるほど、最後の審判は何か余分な付け足しのように理解されるようになりました。信仰によって義とされて、救いの確かさ、救いの 確信が与えられたのですから、最後の審判の結果は心配する必要はないと考えたからです。
 しかし、ローマの信徒への手紙2章3~8節「あなたは、神の裁きを逃れられると思うのですか。4 あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。5 あなたは、かたくなで心を改めようとせず、神の怒りを自分のために蓄えています。この怒りは、神が正しい裁きを行われる怒りの日に現れるでしょう。6 神はおのおのの行いに従ってお報いになります。7 すなわち、忍耐強く善を行い、栄光と誉れと不滅のものを求める者には、永遠の命をお与えになり、8 反抗心にかられ、真理ではなく不義に従う者には、怒りと憤りをお示しになります。」という御言葉を どのように理解したら良いのでしょうか。
コリントの信徒への手紙二5章10節には「10 なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに 応じて、報いを受けねばならないからです。」と記されています。信仰によって義とされる と聞いていたのに、最後の最後になって、やはり「行い」によって報いを受けるといわれているのではないか。これを私たちは、どう受け止めたら良いのでしょうか。
 ローマの信徒への手紙もコリントの信徒への手紙も使徒パウロが書いた手紙です。パウロ は、ローマ2章16節でこう記しています。「そのことは、神が、わたしの福音の告げるとおり、人々の隠れた事柄をキリスト・イエスを通して裁かれる日に、明らかになるでしょう。」
すなわち、パウロにとって最後の審判は「福音」の中で理解しているのです。最後の審判は、恐れるべきものであると同時に、正しく待ち望むべき「福音」であるということです。 私たちが待ち望むべき福音は、今は未完成の世界が最後の審判において完成するということなのです。私たちは現在、完全に贖われていない世界に住んでいるのです。正義が徹底されず、義人が苦しむ世界です。平和が脅かされ、不条理がまかり通っているような世界に生きています。だからこそ、この世界が完成する日として、キリストが審判者として来られる日を待ち望んでいるのです。
 神は、キリストの再臨において神の全き御支配をもたらし、救いを完成させてくださるのです。キリストの裁きは、神の平和と喜びの完成なのです。最後の審判によって、神の義が完成し成就することを信仰によって受け止めたいと思います。
 「生ける者と死ねる者とを」審かれると使徒信条は記します。最後の審判の日、「生ける 者」がいるということです。この言葉が意味することは、最後の審判は私たちの日常生活の中で来るということです。また「死ねる者とを」というのは、誰も神の審判を免れることはできないという意味です。死によってすべてから逃れることが出来ると考えたり、死によってすべてを終わらせる事が出来ると考える事があるかもしれません。死の向こうまでは追ってこないと思うからです。しかし、死は最終決着でしょうか。そこに平安があるでしょうか。 死によって審判を免れることは出来ないのです。死ではなく、キリストの救いこそが真の平安のありかなのです。
 最後の審判において、審判者は再臨のキリストであることは、神の深い憐れみによることです。なぜなら、十字架につけられ、私たちのために神の審判を代わって、引き受けてくださったお方だからです。その方が審判者なのです。この神の審判において重要なことは、私たちの功績ではありません。そうではなく、私たちが主のものとされたという信仰です。その信仰によって生涯貫かれることです。最後の審判に希望を持つことが出来るのです。
 マタイによる福音書 25 章の天国のたとえは、花婿を迎える賢いおとめと愚かなおとめが登 場します。婚宴の席が用意されていて、今か今かと花婿が来るのを待っているのです。この 花婿を迎えるために備えることによって、キリストの再臨が語られようとしています。
 ここで私たちと重なるのは、賢いおとめではなく愚かなおとめです。賢いおとめはともし火と一緒に壺に油を入れて持っていましたが、愚かなおとめは、ともし火は持っていますが油の用意をしていなかったのです。花婿が来るのが遅れたので、賢いおとめも愚かなおとめも眠り込んでしまいました。
 そこに『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がしました。飛び起きて花婿の迎えに出ましたが、愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに油を分けてくださいと願いますが、分ける分がないと断られてしまいました。そして油を買いに走りました。愚かなおとめは油を買って帰ると婚宴の戸が閉められ、入ることが出来ないばかりか、主人から「わたしはお前たちを知らない」と告げられてしまいました。そして主イエスはいいます。「だから、目を覚ましていなさい。あなた方はその日、その時を知らないのだから」と。
 目を覚ましているということは、何を意味しているのでしょうか。キリストの再臨は、私たちが花婿を待つことであると語られています。最後の審判で私たちの罪が断罪されるのを待っているのとは違います。断罪される裁判ではなく婚宴が開かれようとしているのです。
 ともし火を持っているのに油を忘れているということは、具体的に何を意味するのでしょうか。信仰のともし火と理解することが出来ましょう。私たちの信仰生活は、目を覚ましている生活です。キリストが来られることを待つ生活です。恐れおびえて待つのではなく、神さまにすでに与えられた信仰のともし火、花婿を迎える喜びをもって待つことです。もちろん睡眠時間を削ってということではなく、信仰において目覚めていることです。どうぜ、わたしが生きている間にはキリストの来臨などあるわけはない等と開き直った生き方ではなく、喜びの日がいつ来ても良いように信仰のともし火をともし続けたいと思います。
 聖徒の日・召天者を記念するということは、召天者と共にキリストの再臨を待つ姿勢を整えることです。信仰の先達を思い起こしながら、信仰のともし火をともし続けることです。 最後の審判は、主イエスによれば、弾劾裁判ではなく婚宴なのです。この席に喜びをもって ご一緒に座りたいと思います。婚宴の席でご一緒に喜びたいと願います。その日その時をし らないからといって不安にならなくて良いのです。その日その時を知らないからこそ、その 日をご存じの主を礼拝し、主に祈りつつ信仰生活に励みたいと思います。今は、隠されてい る喜びの婚宴に招かれるのです。神の日、救いが完成する日、神の御支配の中で完成の日を 迎えるのです。平安の内にその日を信仰と喜びの内に迎える備えの礼拝をささげましょう。

祈り
 天の父なる神さま。あなたが教会にお与えくださった信仰を私たちが告白できる幸いを感 謝いたします。主イエスが審判の日を信仰のともし火を携えて待つ日としてくださいました。 愚かな者を婚宴に招くために目を覚ましていなさいとのみ言葉を与えられ、感謝いたします。十 字架の主イエスが審判を受けてくださり、信仰告白へと招いてくださることを感謝いたします。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

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