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ハレルヤ

説教集

更新日:2021年03月20日

2021年 2 月21日(日) 受難節第1主日礼拝 家庭礼拝 伝道師 藤田 由香里

ヨハネの黙示録19章1~4節

 本日は、「主の祈り」の頌栄にあたる言葉、「国と力と栄とは限りなく汝のものなれば なり」についてのみ言葉をお聞きします。「頌栄」は、「ドクソロジー」と言われます。頌 栄は、キリスト教礼拝辞典によれば、「神の栄光(ギリシャ語:ドクサ)を讃美する式文的 な短い文章で、唱えられるか歌われ」ます。栄光讃美のうち、長いものを「グロリア」と呼 び、頌栄は「短い」栄光讃美と言われます。通常、主の祈りの他に、教会の礼拝史において は、詩編の後唱えられたと言われます。主の祈りを締めくくるこの言葉は、栄光がただ父、 子、聖霊なる神にあることを喜び、褒め讃える讃美です。主の祈りは、「御名を崇めさせた まえ」と始め、「国と力と栄とは限りなく汝のものなればなり、アーメン」と終わります。 つまり、主イエスが私たちに教えてくださったこの祈りは、神の栄光の讃美で始まり、讃美で閉じられるのです。
 この1節は、マタイにもルカにも、主の祈りの本文に記されていません。『ディダケー』と呼ばれる初期キリスト教の教会教育のための文書につけられています。又、複数のマタイ のギリシャ語写本の中にはこの頌栄が付加されて発見されたものも少なからずあります。こ の頌栄の1節は、神様を讃えずにはいられないという思いの中で、加えられたのではないか と言われます。救いへの喜びに、神さまの恵みに、主への讃美が自然とあふれ出、栄光讃美 で閉じられる、これは、私達自身にも、起こっていることです。

 本日、示されているヨハネの黙示録19章には、「神の勝利の歌」が響きわたっています。 ヨハネ黙示録の結末に向かうこの箇所では、神の国の勝利、子羊である主イエス・キリスト の王の即位の場面が描かれます。神の国の勝利の讃美、これが、旧新約聖書正典の最後にお さめられた書の結末です。
 ヨハネ黙示録においては、小羊の王国と獣の王国の壮絶な戦いが描かれます。パトモス島 にいるヨハネに示された幻が記される黙示録には、多くの象徴、イメージがあります。教会 がローマ帝国の迫害下にあった時代に記された文書として、多くの記号を用いて、語ろうと したと言われることもあります。これらのイメージは、旧約聖書に記されるモチーフを用い ながら、イエス・キリストの福音を告げるものとして少しずつ変えられ、「新たな言葉」「新 しい歌」として記されます。本日の場面で、子羊の王国の天使の大群、24人の長老、4つ の生き物が神を礼拝しております。

 天上の礼拝にて、賛美と頌栄が歌われます。3回のハレルヤが歌われます。24人の長 老たちは、天上における天使たちよりも位の高い礼拝者たちといわれます。天井には天使の 大群がいて、賛美に加わります。「ハレルヤ」は、賛美の言葉として馴染み深いものですが、 旧約聖書の言葉ヘブライ語で、「ハーラル」にヤーウェの「ヤー」がきて、「主を讃美せよ」 と言う言葉です。詩編の始まりと終わりにも多く用いられます。新約の時代、ギリシャ語で 記される初期キリスト教文学で最初にハレルヤが用いられたのが、このヨハネ黙示録19章 であると言われます。ヘブライ語の音をそのままもちいて、神賛美の言葉として、用いられ ました。この讃美の声は、ご受難を受けられた主、復活された主イエス・キリストに、三位一体の神に向けられております。

 この讃美の言葉は、獣の王国に属する地上を堕落させた大淫婦が裁かれた勝利を歌ってい ます。この女性は、またの名を都大バビロンと呼ばれます。かつて主の民を苦しめたバビロ ン、これは当時迫害を行っていたローマ帝国を示していると言われます。そしてもっと言う ならば、大淫婦は、人々を偶像礼拝へ惑わし、神から離れさせようとするあらゆる存在の結 集です。悪・罪の力・サタンの王国と言えます。エフェソの信徒への手紙で、神の武具を身 にまとい「悪と戦え」と言われたような見えない諸力の王国です。この罪の象徴である獣の 王国に、子羊が真剣に戦って下さり、勝利してくださいました。18章の終わりでは、預言 者の書を想起させながら大バビロンが滅びます。力強い天使は、ひき臼のような石を海に投 げ込み、バビロンへの裁きを宣言します。この一連の天使の行為は、エレミヤ書51章で、 預言者エレミヤが宿営長のセラヤになさせたことと重なります。セラヤは、エレミヤの記し たバビロン滅亡の巻物を読み上げ、この石のついた巻物をユーフラテス川に投げ込みます。 この光景と重なり合わせて、天使も大バビロンの裁きを語り、石を混沌の海へと投げ込みま す。また、この天使の告げる言葉は、預言者エゼキエルの用いた言葉に倣った詩となってお ります。壮絶な悪との闘いの中、子羊の王国、神の正しい裁きが、大バビロンを滅ぼします。
 この戦いの後、19章の礼拝が描かれます。ヨハネは大群衆のような声、代々続く聖徒達、 天使たちの讃美の声を聴きました。

 「ハレルヤ。救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの。その裁きは真実で正しいからで ある。」(19章1節)

神の勝利を讃美します。「救い・栄光・力はわたしたちの神のもの。
そして、わたしたちは神のものです。
 ハレルヤの歌が繰り返し3度響きます。19章3節「ハレルヤ。大淫婦が焼かれる煙は、 世々限りなく立ち上る。」これは、イザヤの書にある主の戦いを前に、裁かれるエドムの町 の様子として書かれる言葉と類似します。旧約のもろもろの預言における主の戦いを想起さ せながら、子羊の王国のいわば最終決戦のクライマックスでは、大バビロンが倒れ、天上の 礼拝が捧げられます。そして、3回目のハレルヤが語られます。19章4節「二十四人の長 老と四つの生き物とはひれ伏して、玉座に座っておられる神を礼拝して言った。『ハレルヤ、 アーメン。』」

 「ハレルヤ、わたしたちの神である主は王となられた。」(19章6節)という宣言と共 に、子羊が王として即位し、婚宴の準備がなされます。更に20章に続く闘いがありますが、 私達がこの世にあって礼拝をお捧げし続けるように、天上の民たちは、勝利の喜びの讃美を、 確信をもって捧げ続けています。実際、5章、11章等々、天上の民たちは、戦いの間も、 礼拝を捧げ続けていました。長く忍耐を要する闘いを続けながら、主が必ず勝利を収めてく ださることに信頼して喜びと讃美を捧げます。わたしたちの礼拝と讃美もここに連なっています。そして、21章には、完全な神の国の勝利の時が記されます。新しいエルサレムでは、 「神が人と共に住み、人は神の民となり」(ヨハネ黙示録21章3節)ます。そこでは、「もはや死もなく、悲しみも嘆きも労苦もない」(21章4節)のです。神さまが神の民の歴史 の終わりを示してこのように語ってくださっています。

 わたしたちは、主の祈りで祈ってまいりました。「御国がきますように」「御心がなりま すように」「我らの糧を与え給え」「罪をゆるしたまえ」「悪よりすくいだしたまえ」・・ これらの祈りを、神は聞いてくださるお力をお持ちであられる。神は、栄光であり力であり 救いそのものであられる。この信頼に立った言葉、それが、「国と力と栄とは限りなく汝の ものなればなり」といえます。これにより、わたしたちは神の国の勝利の確信に支えられた、 喜びの讃美をさせていただけます。

 神の国の勝利は、他でもなく、十字架に屠られた主イエス・キリスト・復活の主によって もたらされました。主の祈りの結びは、頌栄です。この讃美は、「代々になされる讃美」で す。二十四人の長老や四つの生き物を始めとした天上の礼拝者たちは、「昼も夜も絶え間な く」(ヨハネ黙示録4章8節)礼拝し続けました。この天使たちは、「万の数万倍、線の数 千倍」(5章11節)いて、屠られた小羊を讃美しておりました。わたしたちの礼拝、わた したちの讃美もまた、「ハレルヤ」と讃える天使たちの声、代々の聖徒達の礼拝に連なって おります。礼拝を通して、主の祈りを通して、聖徒たちと共に、わたしたちも主を讃美し続 けたいと思います。

祈り
 天の父なる神様、神の国の勝利を喜び主を讃えます。主の祈りの頌栄の言葉「国と力 と栄とは限りなく汝のものなればなり」についてのみ言葉をお聞きしました。主の祈りをお 与えくださり感謝いたします。また私達が礼拝において、日々の生活のなかで、心からあな たを讃美して歩んでいくことができますように。神さまの救いと栄光を、多くの方が深く知 っていくことができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

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