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銀座の鐘

「主の道についての教え」

説教集

更新日:2020年07月25日

2020年7月26日(日) 聖霊降臨後第8主日 主日家庭礼拝   藤田 由香里 伝道師

使徒言行録18章24~28節

 本日の聖書箇所の舞台は、エフェソです。エフェソは、1世紀前後のキリスト教伝道の中心地と 言われます。パウロの弟子が記した可能性があると言われる「エフェソの信徒への手紙」だけではなく、「ヨハネの黙示録」における教会への七つの手紙の宛先の筆頭がエフェソの教会です(ヨハネの 黙示録2:1〜7)。「テモテへの手紙一」はパウロからテモテにエフェソにとどまって教えるよう 励まします。コリントの手紙もエフェソで書かれたとされます。ですから、エフェソの教会については聖書の証言が多方面から扱っており、知り得ます。そこで、教会の成長・学び・交わりについて私 たちは多くをエフェソの教会関係の聖書箇所からお聞きすることができます。
 アポロは、学術都市であるアレクサンドリアで生まれ育ち、聖書(旧約聖書)に詳しく、雄弁の賜 物を与えられている人(18:24)でした。本日の箇所は、彼がエフェソに来た時・パウロがエフ ェソ来る前の話です。アポロは、主の道を受け入れ、主イエスについて正確に熱心に解き明かしてい たが、ヨハネの洗礼しか知りませんでした(18:25)。ヨハネの洗礼は水による洗礼であり、悔 い改めの洗礼です。アポロは、主イエスの名による洗礼を知り、聖霊の賜物を受ける洗礼を宣べ伝え ることをプリスキラとアキラから学びます。

 本日は「教え」に注目します。教理教育を伝統的にカテキズムと呼びます。カテキズムの元となっ たカテーケオー(教える、知らせる)という言葉は、本日の18章25節に出てきます。 「18:25 彼 (アポロ)は主の道を受け入れており」とあり、新改訳聖書ですと「この人は主の道について教えを 受け」とあります。ペンテコステの時から初代教会は、2:42「使徒の教え、相互の交わり、パン を裂くこと、祈ること」に熱心であったと記されます。福音が伝わり、キリスト者が増えていく中 で、それぞれのキリスト者の成長に「教え」はいうまでもなく重要なことでした。聖霊による主イエ スについて、教会についての教えがあります。
  アポロは、それまでに受けた「教え」の影響なのでしょう、「イエスについて正確に教えていた」けれども「ヨハネの洗礼しか知らなかった」とあります。つまり、教会にとって欠かせない主イ エスの名による洗礼を知りませんでした。ヨハネの悔い改めの水の洗礼は、「主の道を整える」(ル カ福音書3:4)ものでした。主イエスの十字架と復活により私達に送られた最大の賜物は聖霊で す。霊と水による洗い、主イエスの名による洗礼が必要でした。アポロは、この点でまだキリスト教教会の伝統を知らなかったと考えられます。
  19章でパウロがエフェソに到着した時、そこにいた弟子たちは、ヨハネの洗礼しか知らず、聖 霊のことも知りませんでした。そこで、パウロが主イエスの名による洗礼を教え、また聖霊の賜物が 弟子たちに与えられます。彼らはアポロの教えを受けていたかもしれません。
  このアポロに「より正確な」神の道を教えたのがアキラとプリスキラでした。夫婦は、パウロと 同じテント職人で、コリントでパウロを迎え入れ一緒に暮らしました。パウロはこの夫婦を伴ってエフェソ伝道に行きます。夫婦は、パウロから多くの主イエス・キリストについての教会についての教えを受けて知っていました。アポロは主イエスについて「正確に」(18:25)知っていたけれど も、「より正確な」(18:26)神の道についての教えが必要でした。このアポロが会堂で大胆に 語っていたので、プリスキラとアキラは「彼を招いて」もっと正確に教えました。この「彼を招いて」という言葉は複数の意味があります。「受け入れる、家に招く、わきに連れて来る」です。この 夫妻は、会堂という「公的」な場所から、アポロをわきに呼び「私的な」場所に受け入れ、迎え、教 えました。アポロを受け入れつつ、家に招いて、「より正確に」神の道について教えたのです。ここ で、本日の箇所では、「プリスキラとアキラ」という風にプリスキラの名前が先に記されます。これ は、おそらく家庭においては夫人がより迎え入れるものとして主たる役割を担うことからでしょう か。あるいは、プリスキラは奉仕や教えることについて賜物を受けた存在だと初期キリスト教会の時 代の資料でも記録されています。いずれにせよ、プリスキラとアキラ夫婦は、アポロを快く迎え入 れ、期待を込め、神の道をより正確に教えました。アポロがしるべき教会の伝統を伝えたのです。聖 霊によって促されました。ここで、アポロの伝道者としての決定的な前進が記されます。公に語る教 師とされたアポロですが、彼はパウロと交わりを持ったこの夫婦から、主イエスのお名前による洗礼 について知る必要がありました。ここに描かれているのは、信者の間の教えの交わりといってもいい と思います。熟練した信仰の立場にある存在が、「より正確な」教会の教え・信仰を伝えていく教え の交わりの姿です。それはしばしば、家庭における親しい交わりにおける教えであったのです。現在 の私達のようなステイホームの状況ですと、電話や手紙、オンラインの交わりであってもいいと思い ます。アポロのように主の道への信仰はあっても、知らなければならない重要なことを知らない人 に、より正確に知り、聖霊に導かれている存在が教えるという大切な教会の交わりです。

 教えというと様々な側面があります。「理性」による教えというと、信仰はもっと人間の存在全体のもの、全人格的なものではないかという問いがあるかもしれません。実際、例えばドイツで宗教改 革の時代の次の世代に、教理が整ったが、理性ばかりで、信心の熱心さや敬虔さに欠けるのではとし て「敬虔主義」が起こりました。しかし、「コリントの信徒への手紙一」でパウロは言いました。 「霊で祈り」「理性でも祈ることにしましょう」(14:15)、「霊で賛美し、理性でも」賛美し よう。教理的理解を深め、理性でも、霊性においても、祈り、賛美し、信仰生活を送ろう。

 アポロは、この後コリントで牧会します(使徒言行録19:1)。コリントの信徒への手紙に、 「私が植え、アポロが水を注いだ」(コリント一3:6)とあるように、コリントでパウロが建てた 教会をアポロは受け継いで牧会し、水を注いで教会を霊において豊かに養いました。この手紙でも 「パウロ派」「ケファ派」「アポロ派」という内部の信仰の分派が起きかけていることを、パウロは 福音による一致を解いて戒めました。これは、パウロやケファやアポロが対立していたのではありま せん。パウロはわたしたちは「神のために力を合わせて働くもの(コリント一3:9)」といってお ります。しかし、ここからアポロが、教会で大きく仕えるものとして用いられたということがわかり ます。エフェソでプリスキラとアキラに教えを受けたことで、アポロは主の道に豊かにお仕えできる ようになりました。
  こうしてアポロが正しい教えに導かれる姿は、まさに聖霊によって主の道がまっすぐに整えられていく出来事に思えます。曲がっていたものはまっすぐになる、そのような聖霊の力による、主の道が 整えられていくという教会教育の姿がお聞きできます。
  キリストの十字架と復活によって与えられる最大の賜物は聖霊であると申しました。アポロは「雄弁」でしたが、聖霊は一人一人に役割と賜物を与えます。パウロが「わたしたちは神のために力を合 わせて働くもの」といったように、たった一人では教会は導かれないのです。教会は世代交代をしますし、また長く教会にいる人もいれば教会に来たばかりの人もいます。

 コリントの信徒への手紙でも、パウロは、神様が教会に「使徒、預言者、教師、奇跡を行うもの、 病気を癒す賜物を持つもの、援助するもの、管理するもの、異言を語るもの」を部分としてお立てに なったと言います。一人一人に与えられている賜物を持って、聖霊によって委ねられているものを守 り、教会にお仕えします。その中でも、どのような役割が与えていようとも、最高の道は愛の道であ るとパウロは愛の賛歌を続けるのです(コリントの手紙一13章)。

「 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 礼を失せず、自分の利益を 求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 6 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 7 すべてを忍び、すべてを信じ、 すべてを望み、すべてに耐える。 8 愛は決して滅びない」

 私たちは、プリスキラとアキラとがした教えにも、アポロが主の道を受け入れ宣べつたえことに も、パウロの伝道にも、この愛をお聞きすることができると思います。私たちも、今与えられている すべきことの中で、愛を持って主の道、教会にお仕えしたいと思います。また、誰かが知るべき教会 の教えを必要としていて自分がその賜物を与えられていたら、喜んで教えたいと思います。分かち合 いたいと思います。聖霊がそれをなさせてくださいます。

祈り
  天の父なる神さま、聖霊降臨後第8主日の礼拝の恵みに感謝いたします。私たちに与えられた 困難さと不安と恐れが続いています。どうか、神様がお一人お一人とともにいて、愛で満たしてくだ さい。不安や孤独にある方に慰めと勇気をお与えください。神様が教会をお立てになるのに、私たち 一人一人に教える教師を、先達をお与えくださり、交わりをいただいて来たことに感謝します。私た ちが受けたものを用いて、必要としている隣人に教会のことを伝えることがでいますように。聖霊を 豊かにお送りください。イエスは主であると多くの舌が賛美できますように。聖霊に満たされて、こ の一週間も主とともに平安のうちに歩ませてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン

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