「神の子の自由」
説教集
更新日:2026年08月23日
2026年8月23日(日) 聖霊降臨後第13主日 銀座教会・新島教会主日礼拝 副牧師 岩田 真紗美
ルカによる福音書23章13~25節
13 ピラトは、祭司長たちと議員たちと民衆とを呼び集めて、14 言った。「あなたたちは、この男を民衆を惑わす者としてわたしのところに連れて来た。わたしはあなたたちの前で取り調べたが、訴えているような犯罪はこの男には何も見つからなかった。15 ヘロデとても同じであった。それで、我々のもとに送り返してきたのだが、この男は死刑に当たるようなことは何もしていない。16 だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。」18 しかし、人々は一斉に、「その男を殺せ。バラバを釈放しろ」と叫んだ。19 このバラバは、都に起こった暴動と殺人のかどで投獄されていたのである。20 ピラトはイエスを釈放しようと思って、改めて呼びかけた。21 しかし人々は、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫び続けた。22 ピラトは三度目に言った。「いったい、どんな悪事を働いたと言うのか。この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった。だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。」23 ところが人々は、イエスを十字架につけるようにあくまでも大声で要求し続けた。その声はますます強くなった。24 そこで、ピラトは彼らの要求をいれる決定を下した。 25 そして、暴動と殺人のかどで投獄されていたバラバを要求どおりに釈放し、イエスの方は彼らに引き渡して、好きなようにさせた。
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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主日礼拝では今、 「使徒信条」を一行ずつお聞きしています。私たちの教会は三位一体の神をあがめ、礼拝していますが、その三つの位格をもつ唯一の神の、「父なる神」について先月お聞きしました。そして今月は、「子なる神」についての使徒信条が語られています。さらに今、夏休みという時を用いて、来月の「十歳児祝福式」の備えをしていますから、夏期学校やカテキズム講座通して家族ぐるみで、三位一体の神の恵みを信条から受け取りたいと願っています。宗教改革の時代にまとめられました幾つかの信仰問答書によりますと、産声を上げたばかりのプロテスタント教会は、誰もが読んで、或いは聞いて理解できる言葉でのキリスト教の教本が求められていた事がわかります。マルティン・ルターの「大教理問答」や「小教理問答」、ジャン・カルヴァンの「ジュネーブ教会信仰問答」や「ハイデルベルク信仰問答」等がまとめられた時代です。これらの書物は「三要文」、つまり十戒、使徒信条、主の祈りを解き明かす際の貴重な助けであるのですが、ルターは三要文を解き明かす順番にもこだわりがあって「十戒、使徒信条、主の祈り」の順で教えたと言います。使徒パウロが、あの『ガラテヤの信徒への手紙』(3:24)で告げているように、ルターは「十戒を通して人は自らの罪を自覚するので、十戒は私たちをキリストのもとへ導く養育係」で、まず十戒によって罪の自覚を与えられた後に人は「使徒信条」へと向かい、キリストの救いが必要である自分がどのような筋道で罪人として救われるのかを確認するのだと語りました。『ルター著作集』(第 1集2巻)には「十戒は人に、彼の病気を認めるように教え、(中略)次に使徒信条は彼を敬虔にし、十戒を守る助けとなる薬を、すなわち恵みをどこに見出すかを教え知らせる。そして、神とキリストにあって現わされ提供された神の憐れみを示すのである」と書かれています。さらに、同じ著作集第 8巻の中でルターは、「十戒はもともとすべての人間の心に書き記されているものであるが、使徒信条は如何なる人間の思慮をもってしても理解することは出来ず、ただただ聖霊によって教えられる他ないものである。」と言います。「それゆえに、十戒の教えはまだひとりのキリスト者もつくらない。というのは、神が私たちに要求したもうことを守ることが出来ないために、神の怒りが相変わらず私たちの上に留まっているからである。これに反して使徒信条の教えは、恩恵ばかりをもたらし、神の戒めのすべてに対して、喜びと愛とを持つようになるのである」とルターは1529年に、ついに家庭でコンパクトに信仰教育を進められる目的で「小教理問答」、という問答書を(大教理問答に対しての「小」)作りました。当時は家の長であった父親が子どもたちに食卓でも信仰を教えられるような形式にと願われた問答書です。「私たちはこの世にあるかぎり、日ごとに使徒信条について説き、教え、学んでいかねばならない」という言葉で教理問答書は結ばれます。「家長が教えなければならない朝夕の祈り」の中では、「あなたは寝床に入る時、(中略)父と子と聖霊の御名によって、アーメン、と跪いて、或いは立って使徒信条と主の祈りを唱え、望むならさらに付け加えて次の小祈祷を唱えなさい」と、日々の祈りの中に「使徒信条」をも「祈り」として加えるように、教えます。使徒信条の最後でも私たちは、お祈りの時と同じように、「アーメン」と言いますから、この内容に納得して神に感謝の祈りをささげるように、神への応答として日々の生活の中でも使徒信条を家族で唱えたいと思います。まさにこの信条は、時代の荒波に揉まれながらも、バラバラにされたキリスト教徒が、一つの旗印として掲げてきた共通の祈りの言葉であるのです。
さて本日は、その使徒信条の中の「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ」という部分に、思いを向けます。私たちは先ほども、この礼拝の中で使徒信条を唱える時に「我らの主、イエス・キリスト」と、「おとめマリア」に続いて、「ポンテオ・ピラト」の名前を言いました。今日は『ルカによる福音書』が与えられていますが、「ピラト」という人物は、例えばマタイによると、マタイ27章に見るように「総督ピラト」と呼ばれることが多いのです。しかし、今日のルカには「ピラト」という肩書なしの名前がむき出しになったような状態で、書き記されています。歴史家として今、筆を持っているルカが、敢えてこのような事を行っているのは何故か、不思議に思われた方も多いのではないでしょうか。使徒信条でも「総督ピラトのもとに」ではなく「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」と私たちは告白するのです。これは細かい事かも知れませんが、まさに「ピラト」の人間としての弱さや苦しみの中に、ルカは我々の弱さや苦しみから来る罪の問題を見る思いで、そうしたのでしょう。この世の罪に完全に打ち勝ってくださった主イエスの十字架と復活の出来事が、人々の大きな声にも、ピラトの小さな心にも勝る恵みを明らかにしました。父なる神が我々の救いを願い、神を信じる者すべてにお与えになる赦しの熱情の熱さは、ルカの筆にピラトの肩書まで書かせなかったのでしょう。
ピラトは、「三度目」(ルカ 23:22)に同じ意味の主張を人々に告げても、結果として人々の大きな声によって自分が正しいと思っている冷静な見解、つまり「この男には、何の罪も見つからなかった」(同23:14)という事実を、曲げられてしまいます。そうであるのに使徒信条は「人々のもとに苦しみを受け」た主イエスではなく、「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」たイエスを私たちの救い主として告白するのです。それは、自分が悪いと思っていないことをも認めざるを得ない立場にある者としての当時の「総督」の苦しみをも映し出しています。また、そんな暗さをもっていながらも闇を闇として理解していないこの世の罪の只中に、確かに救い主として私たちの主イエス・キリストが人の子として降られた証しが、「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」という使徒信条には刻まれているのです。
世の罪の暗さと大きさは、主イエスの十字架の御苦しみを通して私たちに明確に示され、使徒信条に遺されています。自分は「この男に何の罪も見いだせない」とはっきり理解しながらピラトは「この男」(23:4)を、何度も「鞭で懲らしめて釈放しよう」(同16、22)と提案しているのです。ピラトの発言も、本来ならば、多くの人々の手によって何日もかけてイエスさまの事を「罪人」と仮定してこの世は徹底的に「取り調べた」(23:14)のですから、あの「ヘロデ」が送り返して来たほどの「イエスという者」を、無傷で釈放するべきなのです。福音書記者ルカは、「総督」という立場、地位を明らかに言葉としてはここに書き残さなかったけれども、これらの記事から確かにこの世の罪が垣間見える事を著しています。それは、人々への見せしめとしての鞭打ちや、ヘロデやピラトの我が身を守ろうとする自己中心の思惑が、如何に世を罪の方向に引っ張っていたかを指し示すと同時に、最初に触れましたように「十戒」を学ぶのみでは得られない人の世の現実の暗さの中に、罪の病から解き放つのは主イエス・キリストの十字架の出来事に示された神の自由と愛だけだという事を表すのです。また、主イエスを無傷でこの世に釈放する事が、これほど悪に満ちた世の人々にとってどれほど恐ろしい事であったかも知らされます。この主イエスの潔白さ、「無罪性」こそが、ヘロデやピラト、律法学者や祭司長、議員、ファリサイ派の人々などが最も恐れていたものでした。
主イエスが徹底的に黙している事で今日のルカ23章では、何が世の罪であったのかはっきりと炙り出されてきます。神の子は全く黙し、見た目は静かではありますが、この時、確かに激しい愛をもって黙しておられるのです。すべての善が実を結ぶ終末の、終わりの日に、ここにいるあらゆる罪人の中から一人でも多くの者を救い出すために、主は徹底的に彼らの罪の言葉と決定を聞いておられるのです。その決定のすべては「好きなようにさせた」(同 25)という一言で結ばれますが、直訳すると「彼らの思惑に引き渡された」という意味になります。主はポンテオ・ピラトの手を離れ人々の思惑のもと、人々の自由に任されたように見えます。旧約のイザヤ書で預言されていたように「苦役を課せられて、屈み込み彼は口を開かず」(イザヤ53:7)屠り場に引かれる小羊のようになったのです。けれどもこの時、イエスの代わりに自由になった「バラバ」、その名は直訳するなら「バル・アッバ」 (父の子)を見てください。神の子イエスが人々の手の自由に任されたように見える時、主イエスは縛られたまま身動き出来ない姿であられますが、まことの罪人であるバラバは罪の立場から釈放された者の喜びと自由を身体全体に満ち溢れさせるのです。バラバの喜びようは聖書には記されていませんが、以前ミッションスクールの保護者のための聖書の集いで『サン・オブ・ゴッド』 (Son of God/神のひとり子)という映画を見た時、その中ではバラバが真っ先に駆け付けたのは、固唾を吞んでこの判決を見守っていたバラバの妻と幼い娘の居る所でした。家族は抱き合い喜び泣き崩れました。本当にこの時自由に動いていたのは、見た目ではバラバや人々の思惑のように見えますが、実は神の子の御意志です。この神の子の自由が、まるでバラバのように罪でがんじがらめになり、愛する家族からも社会からも切り離された一人の人間を解放し、神の自由と愛の交わりの中へ招き入れたのです。イエスを十字架につけたいと願い叫んだ人間一人一人を神は憐れみ、神の自由意思によって再び光の子として歩むよう和解の道を開かれました。それほどに神の自由と愛は深く、広く、私たちの茫然と立ち尽くしている所の隅々までをも照らすのです。
この後、使徒信条は「死にて葬られ」た主が、暗い「陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、」復活されたことを証しします。最後の最後まで人々の嘲りの声を聞きながら黙っておられた主は、やがて墓の外で泣くマリアの震える小さな声を聴き、自由と希望に溢れた平和の朝を告げる「おはよう」 (マタイ28:9)という挨拶で、御声を発せられマリアを福音の喜びに生きる者に変えられました。そして「エマオ」(ルカ24:13)で愛する弟子たちに、今までのすべてを言葉によって生き生きと説明されるのです。私たちも今日、その主の御声を礼拝で共に聞き、感謝の祈りと賛美でお応えする平和の朝を迎えています。人の思惑を遥かに超えた神の自由と愛によって支えられ、今日もここから新たに七日の旅路を歩み出しましょう。 (祈祷)